サブロウの、FXトレードと自己省察の日記

FXに取り組み始めて2年半ほど、 いまだに稼げるようになっていない自分 がいます。本当に稼げるようになるためにも、自分のありようを根本から見つめなおす必要を感じ始めたためています。

私が犯した罪の償いのためにも、事実を少しでも明らかにしておく

アメブロに投稿しようとしたのだけど、
アメブロでは規制があるみたいでなかなか投稿できなかったので、
このブログに投稿します。
私は私が犯した罪、犯罪について、
すでにフェイスブックでその詳細を明らかにしてもいます。
それは私が犯した罪の償いの、一つの事柄でもあります。
今回はその私が、長い間指名手配されていた時代に、
それゆえに家族、母たちが苦しんだこと、
またその苦しみを理解してくれてあることをしてくれた人たちのことを書きます。
いかがその文章です。


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妹が昨日、美濃加茂市の深萱眼科にいたことを話してくれ、
その眼科に関する一つの大切なエピソードを伝えてくれた。
日にちは聞かなかったけれど、私は若いころ7年ほど指名手配の写真を、
日本国中のいたるところに、ある意味空前絶後の規模という感じで、
張られていた時期があった。
母が通っていた美濃加茂市の、深萱眼科の受付か、表のどこかにか、
私の大きな指名手配の0写真が貼ってあったのだろう。
母はそのことに心を痛めというか、そんなところで私の指名手配の写真を見ることが、
とても悲しかった、
つらかったのだろう、
その眼科の受付の人か、
眼科の医師にだったか、
頼むからあの写真を外してくれませんかと頼んだのだという。
そしたらその眼科の人は、快く外してくれたという。


ああ、こう書いているだけで泣けてくる。
悲しみがこみあげてくる。
母にそんなつらい思いをさせていたことに。


あの長い指名手配の期間中、
そう、7年間という長さだった。
爆弾逃走後の2回目の指名手配の時は、
私の等身大の写真なども駅前にタテカンのように置かれていた時期もあった。


母が、そして家族中が、どんなにそのことをつらく、
悲しく思い、感じたことだったろう。


長い、長いその時間。
本当に申し訳なかったと思う。



私はこうして、妹からそんな話をさりげなく聞いて、
思い出してほんの少しの間だけ、悲しむだけだけど、
当時の家族は毎日そのような状況にさらされていたのだ。
どんなにそれが悲しい、
心傷むことだったろうか。
ただただ申し訳なく思う。
下のリンクで、私の犯した犯罪、事件などについて、
紹介しておきます。


そして深萱眼科さん、母の願いを快く聞いてくださって、
すぐに私の指名手配の写真を外してくださって、
本当にありがとうございます。
心からお礼します。
本当にありがとうございます。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E4%B8%89%E9%83%8E_(%E6%96%B0%E5%B7%A6%E7%BF%BC)